Gamelan Rocker

Gamelanrocker‘s clips

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:30:18.84 ID:M/Ig//dK


海自の潜水艦って日米合同演習で米空母を撃沈(判定)したんだよな


821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:32:02.99 ID:9Q00fWM1»812 


よくイージスの網かいくぐったなw
アルペジオでもやったけど潮流を利用して完全無音移動して
察知されなかったのかな?


834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:33:46.47 ID:M/Ig//dK»821 


確か潮の流れを計算してエンジン止めて流されてという戦術使ったとか


843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:35:22.85 ID:stwQgA42»812 


まじかー?と思ってググったらマジな上、もっとアホな話がポンポン出てきた。 自衛隊すげぇ。


852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:37:47.10 ID:M/Ig//dK»843 


海自以外でもこれはパイロットが変態レベルだからかもしれんが、模擬戦で空自のF104が F15を撃墜したりと何かとおかしいw


849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:37:25.82 ID:stwQgA4


・共同演習で何度も米軍の空母に撃沈判定を食らわせる。その上普通生き残れない潜水艦が、演習終了まで生き延びてしまう。

・海自の潜水艦がアメリカの原子力空母の至近距離まで近づき、気付かれずに潜望鏡を上げ、「甲板上で談笑する乗組員の表情が見える写真」の撮影をした。
etcetc…


862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:40:24.51 ID:fqat/wKB »849 


忍者かこれ

898 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/11/15(金) 04:47:34.86 ID:stwQgA42 »868 


陸自でも
・90式戦車をアメリカで性能試験をしたとき、百発百中過ぎて「外さないと命中精度が計測できない」と怒られた。

・野砲ですら命中精度が高く、「野砲の特殊部隊を作ってどうするんだ?」と言われ、「彼らがベトナムに居てくれれば、若者を無駄死にさせる事は無かった」と泣かれた。

・M1開発チームが来日し90式の実車を三菱と陸自が真っ青になるまでいじり倒して言った言葉。

「90式の欠陥はふたつ。一つはにスイッチ類がアメリカ人戦車兵にとって小さい事。 もうひとつは我々が作れなかった事だ」
なんて話もある。

k-nakama:

画家、佐伯祐三のアトリエ…。

北側に大きな窓をとった、
三角屋根の、なかなか可愛らしい建築でした…。

ところで、かつては、
この洋風の小屋のようなアトリエの横には、
佐伯祐三と、その家族が暮らした、
和風の母屋が建てられていたのだそうです…。

そして、
保存・整備にあたって、
その和風の母屋は取り壊され、
洋風のアトリエ部分だけが残されたのだそうです…。

で、
母屋があった場所は、
現在、デッキ・テラスとなっていて、
デッキに描かれた線で、
かつての母屋の間取りを表現している、
とのことでした…。

いかにも、
建築設計関係の人が思いつきそうなアイデアだなあ…、
なんて思わずにはいられませんが、
アトリエ部分だけに絞って保存した、というのは、
まあ、仕方ないことなのかな、
とも思いました…。

ただ、少々気になったのは、
ということになると、
デッキ・テラス側からの眺めというのは、
かつての母屋の中からの眺めということになるので、
本来は、存在しなかった風景、
ということになってしまいます…。

そういう眺めが出来上がってしまうのは仕方ないとしても、
施設全体の中で、
なんとなく、そちらがメインの眺めのように、
目立ってしまっていたのは、
ちょっと、どうなのかなあ、と思いました…。

本来、当時の人たちに親しまれていた、
「佐伯祐三のアトリエ」の眺めというのは、
大きな窓がある、北側からの眺めだったのではないか、
と思うのですが、
そちらに廻り込もうにも、
公衆トイレのような建物が建っていて、
気持ちよく観られる環境にはなっていませんでした…。

敷地の制約等々、いろいろとあるのだろうとは思いますが、
この辺りのポイントは、結構重要な事だと思いますので、
もう少し考えてみてもよかったのではないか、
と思いました…。

昔の建築を観にいく時は、
やはり、出来るだけ、
当時の人と同じような目線で、
同じような気分で眺めたいのです…。

(k-nakamaから)

“ 694 :ラジオネーム名無しさん:2014/09/15(月) 01:44:01.32 ID:CdUj5Fpk
今回かかったキャデラックスで鈴木雅之の話を思い出した。
鈴木雅之が19才の頃に神保町で行われる年に一度の中古レコード市に行ったところ
軍手をして凄い速さでレコードを物色してる男がいたのでよく見るとそれが山下達郎だった。
ふと達郎の手が止まり鈴木雅之も欲しかったキャデラックスのレコードを見て少し考えてまた棚に返したので
つかさず鈴木雅之が、そのレコードを手にして2万5千円で購入
その後、仕事で達郎と会う機会が有り鈴木雅之が「実は以前、山下さんと会った事があるんですよ」と言うと
達郎が「覚えてるキャデラックスでしょ」と言ったそうな ”